数年前、離婚をして、私が家を出ることになりました。
正直なところ、そのときはこれからの暮らしをどう整えていけばいいのか、ほとんど考えられない状態でした。
気持ちはまだ追いついていないのに、現実だけが先に進んでいきます。
けれど住まいは決めなければなりません。
私は、仕事の合間や夜の時間を使って、ネットで賃貸物件を探し始めました。
元の家からは職場が近かったので、できれば引っ越し先も通勤しやすい場所がいい。
それだけは譲れない条件でした。
検索を始めたとき、真っ先に思い浮かんだのが、今のアパートです。
以前から生活圏内にあり、県道を通るたびに目に入っていた建物でした。
派手さはないけれど、どこか落ち着いた佇まい。
「もし一人暮らしをするなら、こんなアパートがいいな」
そんなことを、何気なく思ったことがありました。
まさか本当に一人暮らしをする日が来るとは、その頃は思ってもいませんでしたが。
ネットで調べてみると、偶然その部屋が空室になっていました。
不動産屋さんに問い合わせると、
「人気物件なので、すぐに決まると思いますよ」
と言われ、胸の奥が少しざわつきました。
焦りもあったと思います。
でもそれ以上に、「ここを逃したら後悔するかもしれない」という直感がありました。
確実に入居できる時期より、ひと月も早く契約をしたのは、その気持ちがあったからです。
家賃は予算を数千円オーバー。
一人で住むには少し広めの間取りです。
それでも決めた理由は、日当たりの良さと、治安の安心感。
そして何より、子どもたちが通っていた小学校がすぐ近くにあったことでした。
学校の近くには古い神社があり、お祭りには毎年のように足を運んだあの頃。
見慣れた風景が近くにあるというだけで、心が少し落ち着いたのです。
離婚後の一人暮らしは、想像以上に不安でした。
夜の静けさが急に重く感じられることもありました。
だからこそ、まったく知らない土地ではなく、少しでも“縁”のある場所を選びたかったのだと思います。
気がつけば、越してきてからもうすぐ10年になります。
朝はよく陽が入り、冬でも部屋が明るいこと。
キッチンの窓から風が抜けること。
お気に入りの棚や観葉植物が、自然に馴染んでいること。
少しずつ、自分の好きなものに囲まれた空間になりました。
家賃の安い物件へ引っ越そうかと考えたこともあります。
けれど不動産サイトを眺めながら、最後にはいつも思うのです。
「やっぱり、ここがいい」
ベランダから見える景色が、もう少し開けていたらな、と贅沢を思うこともあります。
それでもこの部屋は、あの日の私を受け止めてくれた場所です。
不安と少しの希望を抱えながら鍵を受け取った日から、
この住まいは、私の暮らしを静かに支えてくれています。
いずれ出る日が来るのだとしても、
この部屋を選んだことを、私はきっと後悔しないと思います。
あの県道の先に、今の私の部屋があります。
そしてここには、再出発した私の10年が、確かに積み重なっています。

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