子育て中にやりがちな「三つの悪」について考えたこと
最近、身近な知人の子育ての話を耳にする機会がありました。
その時にふと考えたんです。
——子育て中に陥りやすい
「過干渉」「過保護」「無関心」について。
Google先生によると、
過干渉
相手の意思や自主性を尊重せず、必要以上に口出しや介入をして、自分の思い通りにコントロールしようとする行為。
過保護
子どもが自分でできることや、本来経験すべきことまで親が先回りして手助けしてしまう状態。
無関心
相手に対して興味や感情を持たず、関わろうとしない状態。
こうして並べてみると、
過干渉と過保護の対極に「無関心」があるように感じます。
過干渉は、子どもの「考える力」を奪ってしまう
ある家庭では、
「親の言うことを聞いていれば間違いない」
という考えのもと、子どもの意見はほとんど聞かれず、親の価値観だけが押し付けられていました。
もちろん、子ども自身が成長してその殻を破れればいい。
でも、そうできない子は、
親の顔色をうかがいながら生きるようになってしまう。
本当は自分の考えがあるのに、言えない。
我慢する。
心の中に閉じ込める。
そうして少しずつ、人との距離感までわからなくなっていく。
必要最低限の人間関係ですら築きにくくなってしまう姿を見て、過干渉の怖さを感じました。
過保護は「できない子」を作ってしまうことがある
一方で、過保護。
よちよち歩きの赤ちゃんが転んだ時に助け起こすことは、過保護ではないと思っています。
本当の過保護は、
転びそうなものを、最初から全部取り除いてしまうこと。
そんなイメージです。
例えば、こんな話があります。
「うちの子、電子レンジも使えないから」
そう言って、休日に家にいる高校生の子どもの昼食を毎回作りに行くお母さん。
でもそれって、
“電子レンジが使えない” のではなく、
“使わなくても済む環境を親が作っている”
だけなのかもしれません。
やらせていないから、できない。
そのことに気づいていないんです。
「うちの子、手がかかって困っちゃう」
それが口癖になっている人を見ると、
——ずっとその子の人生の隣で、全部やってあげるの?
と、少しだけ聞いてみたくなります。
一番怖いのは「無関心」
そして、私が一番厄介だと思うのが「無関心」です。
これは、息子が野球チームに入っていた頃、先輩ママに言われた言葉です。
「子どもに腹を立てても、無関心にだけはなっちゃダメ」
子育て中って、子どもの成長とともに腹が立つことも増えます。
私も、反抗期真っ只中の子どもにイライラして、
「もう、今は話したくない」
となったことが何度もありました。
“言っても聞かないなら、もう黙っとこう”
そんな状態です。
もちろん向こうも腹を立てているから、少し距離を置く時間も必要だったのでしょう。
でも、不思議と完全には放っておけなかった。
話をしていない間も、
ちゃんと帰ってきたかな。
ご飯食べたかな。
機嫌どうかな。
なんとなく気になって、見守っていた気がします。
子育ての最終目標って何だろう
以前、何かの本でこんな言葉を読みました。
「子育ての最終目標は、親がいなくなっても生きていける力を身につけさせること」
その言葉を見た時、妙に納得したんです。
だから私は今、
この三つの悪から、
二つの「過」と、一つの「無」を取り除いて、
- 少しだけの適度な干渉
- 必要な時の適切な保護
- 心と目を向け続ける関心
これくらいが、ちょうどいいのかもしれないと思っています。
できていましたか?と、過去の自分に聞きたくなる
私には、すでに巣立っている二人の子どもがいます。
元夫は昭和タイプの人で、仕事中心。
毎日帰宅は夜10時過ぎ、休みは平日。
子育ては、ほぼワンオペでした。
「子どものことは母親任せ」
そんな時代だったので、頼ろうとも思わなかったし、期待もしませんでした。
今でこそ元気ですが、子育て中の私はいつも体調が悪かった。
娘からも、
「小さい頃のママって、よく寝込んでたよね」
と言われるくらい。
貧血気味だったり、低血糖っぽかったり、今思えばかなり無理をしていたのかもしれません。
でも、それでも実家に頼ることはほとんどありませんでした。
……あ、今回は苦労話がしたいわけじゃなかった。
本題に戻します(笑)
娘に言われた、忘れられない言葉
一度だけ、高校生になった娘に言われたことがあります。
「私より、弟のほうを甘やかしてない?」
……これは、否定できませんでした。
本当に、その通りだったと思います。
娘は、小さい頃から手のかからない子でした。
でも、ちょうど娘のイヤイヤ期に下の息子が生まれたんです。
娘は、よく食べて、よく寝る子。
一方で息子は、
泣いてばかりで、アトピー気味、風邪をひけば喘息っぽくなる。
どうしても、手のかかる下の子に目が向いてしまいました。
娘には申し訳ないと思いながらも、
「女同士だから、大きくなったら関係は戻せる」
なんて、都合のいいことを考えていた気がします。
でも、ありがたいことに。
娘が進学で家を出てから、本当に“より”は戻せました(笑)
今ではとても仲良しです。
……息子とは?
こちらはまた、別の機会に書こうと思います。
最後に・・
子育てに正解はないけれど
あの頃の私は、ちゃんとできていたのかな。
今でも答えはわかりません。
それでも、
子どもたちが大人になって笑って生きていてくれるなら、
きっと大失敗ではなかったのだと思いたいです。
過干渉になりすぎず、
過保護になりすぎず、
無関心にもならない。
それは簡単ではないけれど、
親にとって一生の宿題なのかもしれません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます

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