🍀一人が好きな私が、「寂しさ」について考えた日

寂しいって、何?

「彼氏がいなくて寂しい」
「今、一人で寂しい」
「一人でご飯を食べるのは寂しい……」

そんなふうに話す知り合いがいました。

それを聞きながら、私は心の中でこう思っていました。
彼氏がいなくても、一人の時間は幸せ。
今は好きなことができていて、毎日が楽しい。
一人ご飯も、一人飲みも大好き。

正直に言うと、「寂しい」と口に出して言える人は、
幼い頃から大きな不自由や不幸がなく育ってきた人の言葉なのかな、
なんて思っていたところもありました。

私の幼少期は、「波瀾万丈ライフ」で書いてきた通り、
少し珍しい環境で育ちました。
結婚生活でも、金銭面や時間の制限が多く、
思うように動けない時期が長かったです。

だからこそ、今のこの生活が楽しくて仕方がありません。
持て余すほどの一人の時間だとしても
「一人の時間、かかってきてー。全部受け取ります」
そんな気分で過ごしています。


そんな私の感覚が、少し揺らいだ出来事がありました。

ある日、何気なく目にした記事です。
手取りは多くないけれど、質素な生活で貯金もできていて、
人間関係も整理して、孤独ではあるけれどストレスの少ない暮らしをしていた人の話でした。

ところが、その人は病気になり、手術と入院を経験します。
そして一人きりの部屋に戻ったとき、
それまで感じたことのない感情が、一気に押し寄せてきたそうです。

もし、唯一の肉親である父親が亡くなったら。
この先、誰とも深く関わらずに、一人で生きていくとしたら——。
そんな不安が、初めて現実味を帯びてきた、と。


身近なところでも、似た話を聞きました。

両親はすでに他界していて、
兄弟にはそれぞれ家庭があり、
自分は一人身で暮らしている知り合いです。

映画も一人で観に行き、
思い立つとふらっと一人旅に出かけるような、
とてもマイペースな人です。

そんな彼が、最近になって
「この先のことを考えると、寂しいし不安で仕方がない」
と話すようになったと聞き、少し驚きました。


そこから、私は考えるようになりました。
「寂しい」という気持ちが、よくわからないと思っていた自分のことを。

そして、ひとつ気づいたのです。

私は一人暮らしをしているだけで、
本当の意味での「一人」ではありません。

話せる人がいる。
思い出を共有できる人がいる。
困ったときに、顔が浮かぶ人がいる。

それが当たり前になりすぎていて、
自分が立っている場所の温かさに、
気づかずにいたのかもしれません。

寂しさとは、
「一人でいること」そのものではなく、
「つながりが途切れるかもしれない」と感じたときに、
ふと顔を出すものなのかもしれません。

とはいえ、今のところ私は相変わらず一人時間が大好きで、今日も一人ご飯を「最高だなあ」と噛みしめています。
寂しさが来る日があったら、その時はそのとき。

最後は「まあ、なんとかなるか」と言っていそうです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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