🌊「欲しい」と言えなかった真ん中っ子が、一度だけわがままを言った日。——波瀾万丈ライフ 番外編

欲しいものを我慢する真ん中っ子

兄は欲しいものがあると、床に寝そべって足をバタバタさせて泣いて叫んだ。
母が困った顔をしても、兄は絶対に引かなかった。
最後は母が折れて、結局そのおもちゃを買ってもらっていた。

私はその光景を、少し離れた場所から見ていた。
「また始まった」と思いながら、どこかで「恥ずかしい」とも感じていた。
でも同時に、少しだけうらやましかった。
あんなふうに泣いたり叫んだりしても許されること。
それで欲しいものが手に入ること。
それが自分にはできないことを、もう子どもながらにわかっていた。

妹はいつも母と一緒に買い物に行って、
帰りには小さな紙袋をぶら下げていた。
「いいなぁ」と思っても、私は言わなかった。
「我慢」が身についていた。

真ん中っ子って、空気を読むのが早いのかもしれない。
上と下の様子を見ながら、
自分がどう動けば波風が立たないかを
小さいながらに考えていた。
誰かが笑っていれば、それでいい――
そんなふうに思っていた気がする。

——でも、一度だけ、「洋服がほしい」とわがままを言ったことがある。

その時の母は、顔をしかめて「着るものはあるでしょ!」と冷たく言った。
その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
「ああ、やっぱりダメだ」と思って、それ以上何も言わなかった。
泣いたあと、少し恥ずかしくて、自分でも何を期待していたのかわからなかった。

ところがその日の夕方、母が帰ってきたとき、
手には数枚の洋服が入った袋があった。

「これ、どう?」
その一言が、なんだか信じられなかった。

嬉しかった。
泣いたあとに買ってもらえたことが、じゃなくて——
母がちゃんと私の気持ちを覚えていてくれたことが。

母の財布の中に、一万円札が入っているのを見たことがなかった。
それでも、兄や妹のわがままを受け入れていた母が、
あの日だけは、私の小さな声を拾ってくれた。

――“わがままを言ったことがないあの子が、初めて欲しいものを泣いて叫んだんだ”
そんなふうに思ってくれたのかもしれない。

余談だけれど、その頃から私はアイロンがけが好きになった。
あの日に買ってもらったフリル襟のブラウスに、
丁寧にアイロンをかけるところから始まった。
妹のブラウスも、洗うとクシャクシャになる給食着も、
座っているだけでシワになる制服のスカートにも、
アイロンをかける時間が、とても好きだった。

今でも洋服を買うときに思い出す。
試着室の鏡の前に立つたびに、
あの洋服が入った袋を持った母の姿が、ふと浮かぶのだ。

我慢するのが当たり前だったあの頃の私は、
あの日、少しだけ甘える勇気を出したのかもしれない。
たぶんそれが、私の人生で初めての「わがまま」だった。

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