🌊『肩車と債務と、ウエディングドレスのネズミ』(前編)

夜中や明け方にふと目を覚ますと、
私はいつも、父と母の間に挟まって眠っていた。
そのぬくもりは、今もぼんやりと覚えている。

でも不思議なことに、父と食卓を囲んだ記憶がない。
「いただきます」と言った場面を、私はまったく思い出せない。

ある日、父が電話で誰かと話していた。
内容はわからなかったけれど、「債務」という言葉だけが耳に残った。
何か大変なことが起きている──
子どもながらに、そう感じたのを覚えている。

それから、父は突然いなくなった。
家の中はどこか慌ただしくて、
周りの大人たちが少しバタバタしていたように思う。

私は、母に「お父さんはどこへ行ったの?」と
聞けなかった。いや、聞いてはいけないような気がして、
ただ静かにしていた気がする。

少し経ってから、なんとなくわかった。
父は多額の借金を残して、いなくなったらしい。
どこかにいることがわかってからだろう。
電話の向こうの父に向かって、母が泣きながら話している声を、
何度も何度も聞いた。

その涙の意味も、借金の重さも、
あの頃の私は知らなかった。

ただ、家の空気が少しずつ変わっていったことだけは、
確かに感じていた。

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