🌊『肩車と債務とウエディングドレスのネズミ』後編

父が突然いなくなってからも、
時々、何事もなかったかのように帰ってくることがあった。

「欲しいもの、買ってあげる」
そう言われて肩車をされた日のこと。
私は、おもちゃ屋さんで、ウエディングドレスを着た白いネズミのぬいぐるみを選んだ。
なぜそれを選んだのかは、今でもまったく覚えていない。

うれしいはずなのに、心のどこかでは妙な緊張感があった。
その感覚だけは、なぜかはっきり残っている。

兄も一緒にいたはずなのに、
その頃の兄の記憶は、なぜか私の中にはほとんど残っていない。
もしかしたら、兄は兄なりに何かを感じ、知らない場所で耐えていたのかもしれない。
それすら分からないほど、私は小さな自分の世界で、いっぱいいっぱいだったのだと思う。

そんな中、妹が生まれた。
父がまだ、時々家に戻ってきていた頃だったと思う。

私は姉になった。
不穏な空気の中に灯る、小さな光だった。

今、思う。
母が妹を産んだのは、「これで、きっと帰ってきてくれる」
そう願っていたのだろうと。

――でも。

気づけば、父が帰ってくることは、もうなくなっていた。

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